PubMedの研究データはとても参考になります。PMIDで管理されております。
閲覧したい研究データはPubMedをクリックして頂けると新しいウィンドウが表示されます。
米国スタンフォード大学のGardner CD, Kiazand A, Alhassan S, Kim S, Stafford RS, Balise RR, Kraemer HC, King AC氏ら研究メンバー。
JAMA誌(Journal of the American Medical Association )2007年3月7日号内で精製炭水化物とトランス脂肪酸の摂取を避け、上質な脂質を豊富に含んだ食品を摂取するAtkins法が、最もメタボリックシンドロームの危険因子を遠ざけると結論付けた。
糖尿病を患っていない閉経前の女性を対象とした311人(BMI 27-40kg/m2)を4つのグループ分け実施(2003年2月〜2005年10月)
Atkins (超低炭水化物、高脂肪)
Zone (炭水化物40%たんぱく質30%脂肪30%)
LEARN (高炭水化物、低脂肪、1日の摂取エネルギーの55-60%を炭水化物から飽和脂肪酸は10%未満にする)
Ornish (高炭水化物、低脂肪)
アトキンスグループが他のダイエット法よりも最も体重の減少がみられた。
体重の減少量だけでなく、血糖値、血中インスリン値、LDL、HDL、中性脂肪など一番よい結果を出しています。
日本でのブームにされるダイエット法などとは一線を画す国際的なレベルでの論文ですので是非一読をお勧めします。
PMID: 17341711 [PubMed - indexed for MEDLINE]
Coparison of the Atkins, Zone, Ornish, and LEARN Diets for Change in Weight and Related Risk Factors Among Overweight Premenopausal Women The A to Z Weight Loss Study: A Randomaized Trial, JAMA Mar 7: 297 (9):969-77
日本語訳
【背景】
体重を減らす食生活の有効性と安全性を比較する試験が、フォローアップが短
いということと、高いドロップアウト率により制限されます。
【方法】
2年間の試験の結果、無作為に選んだ肥満の322人(平均年齢52歳 平均BMI31 男性86%)
低脂肪(カロリー制限あり)
地中海(カロリー制限あり)
低炭水化物(カロリー制限なし)
【結果】
忠実に食事制限を行った95.4%一年間、84.6%2年間。
地中海ダイエットグループは最も食物繊維が多く、共に一価不飽和脂肪酸が多い。
(P<0.05 for all comparisons among treatment groups).
低炭水化物グループが含まれる糖質が一番少なく、一番含まれる脂肪とたんぱく質が多い。最も多く被験者にケトン尿が含まれていた
(P<0.05 for all comparisons among treatment groups).
平均体重減少量。
低脂肪グループ 2.9Kg
地中海グループ 4.4Kg
低炭水化物グループ4.7Kg
(P<0.001 for the interaction between diet group and time);
総コレステロール/HDL比の減少。
低炭水化物グループ20%
低脂肪グループ12%
(P<=0.01).
糖尿病疾患を患っている患者さんで、空腹時血糖とインスリンレベルは、地中海グループのほうが低脂肪グループよりも優れている。
(P<0.001 for the interaction among diabetes and Mediterranean diet and time with respect to fasting glucose levels).
Weight Loss with a Low-Carbohydrate, Mediterranean, or Low-Fat Diet N Engl J Med Vol. 359:(3) 229-241 July 17, 2008
BioEd Online 【low-carb diets get thermodynamic defence 2004.08.16】
【日本語訳】
生化学者は食物が持つカロリーが全て同じではないと主張する。
米国で2人の研究者達による、低炭水化物食についての討論は激化してきています。
彼らはタンパク質からのカロリーは炭水化物からのエネルギーより減量するには効率的であるという主張を立証する為に熱力学の法則を用いています。
タンパク質の豊富な食事をすることが炭水化物を多く含む食事をするよりも多くの体重を減らすことを手助けすることになるという考えは巨大なダイエット産業に活力を与えています。しかし多くの栄養学者が1calはそれはどこからこようが1calであると主張しているのですが、この見解に意義を申し立てているのです。公式には1calは水1gを1度上昇させるために必要とされるエネルギーの量です。※1
ニューヨーク州立大学のRichard FeinmanとJacobi医療センターのEugene Fineはカロリーが異なることを主張するために自ら物理学者に転向しました。彼らは熱力学の法則を用いています。何故ならば、熱・仕事エネルギーがシステムの中でどのように変化するのかを説明する原理だからです。
熱力学第一法則はエネルギーが常に保存されることです。それら食物を摂取する場合、そのエネルギーが魔法のように消えてしまうことはなく、タンパク質、炭水化物のカロリーが等価であることを意味しています。FeinmanとFineは、この考えについては異議はありません。
しかし、熱力学の第二法則で、それが妨害されない場合にはエネルギーは自然に分散するといいます。FeinmanとFineは、タンパク質と炭水化物が異なるプロセスで代謝させられる為に、それらのエネルギーが異なる形で分散することを指摘しているのです。例えばタンパク質が体の中で分解される場合、エネルギーに変換されるよりも多いエネルギーが熱として放出されるということです。
彼らの結論は、ステーキの塊と、それに等しいカロリーのパンは、体がそれらから実際に収集するエネルギーの量では、活動エネルギーになるか脂肪という形で貯蓄されるか、プロセスが異なるということなのです。Feinmanは1calが常に1calであるということは間違いだと主張しているのです。
エネルギーの燃焼理論についての議論は、ある実験の支援をえています。
2002年コペンハーゲンのデンマーク王立獣医農業大学のArne Astrupと研究チームが、12名を部屋に入れ、種類の異なる食事を摂取した場合にどれだけエネルギーが燃焼するのかについて正確な測定を行いました。豚由来のタンパク質が豊富なプログラムに従った人たちが高炭水化物を摂取していた人たちよりも、より多くのエネルギーを利用し、4%多くのエネルギーを燃焼したという結果を得ることになりました。したがってAstrupは、彼がFeinmanに賛成すると語っています。
しかしダイエットに関して言うならば、Astrupや他の専門家達はFeinmanが的を外していると口を揃えます。タンパク質と炭水化物が体の中で異なる処理をされているとしても、なにより重要なのは低炭水化物ダイエットが、人々が他のダイエットプランに従ったときよりも多くの減量する手助けするかどうか、ということに尽きます。
いくつかの証拠はNew England Journal of Medicineの2003年5月に発表されている2つの試みからきています。それは低脂肪高タンパク質のダイエットが、6ヶ月後に低脂肪のダイエットをした人たちよりも3倍の体重を減らしたことを示しています。1年後にはそれらの間には差に優位性はありませんでした。※2
何人かの人々が低炭水化物ダイエットによって余分な重量を減らしたことの主要な理由は、彼らがより少量のカロリーを全体として食べたからです。専門家達は、おそらくタンパク質が彼らにより多くの満腹感を与えたのだろうと、語っています。※3
これらの要因と比較すれば、異なる食べ物が代謝を行うプロセスによるどんな差も無視できるとルイジアナ州立大学の専門家George Brayは主張します。肥満の流行は運動不足の人々によって食べられた食物に大部分が起因しており、小さな生化学の欠陥によるものではないと彼は言います。
※1 カロリー詳細については wiki 参照
※2 触れられておりませんが、12ヶ月後には低脂肪食よりも低炭水化物食を選択したグループはHDLコレステロール、中性脂肪などが最も改善されています。Atkins Science 参照 更に多量の食物繊維を被験者に与えていましたが、明らかにされていませんでした。
※3 精製炭水化物はより多くのインスリンを放出することになり、それが元で更なる食欲に結びつき多くのカロリーを摂取する形になるといえます。
クッキーなど30個食べられますが、ゆで卵を10個は食べきることはなかなか出来ないことと同じです。
P32 7行目
ここで、世界各地の飢饉と栄養不良の問題の解決に関する、カロリー派対蛋白質派の論争が、私の議論とどう関係するかについても、明らかにしておく必要があろう。西欧の科学者の多くは、第三世界の栄養失調対策として、もっぱら蛋白質消費量を増やせばよい、としているが、一部の科学者は、それは愚かだと非難している。栄養失調をへらすもっと現実的な方法は、穀物、あるいは塊根作物でもよい、それらの供給をふやすだけでよいのであり、それに豆類を付け加えれば、動物性食品を全くとらなくても、1日の必要蛋白質は十分にまかなえる、と彼らは主張する。この考えによれば、世界の食糧問題は、植物性食物がアミノ酸源として劣っているとかではなく、毎日の食事におけるカロリー不足のために、植物に含まれるアミノ酸が、貯蔵されて蛋白質としてつかわれるのではなく、エネルギーとしてつかわれてしまうことにある。食事に含まれるエネルギー分を増やせば、蛋白欠乏症の問題は解決する。とかれらは言う。つまり、蛋白質派の科学者は、「蛋白質危機」や早急にうめる必要のある「蛋白質格差」を見ずに、「蛋白質神話」を見ている、結局は的外れな「蛋白質ズッコケ劇」を見ているというのだ。
1970年代には、そいういう考えに基づいて、1日の蛋白質必要基準が下方修正された。しかし、国連の世界保健機構食糧農業委員会の1981年の会議で、この必要量は、1日体重1sあたり、0.5gから0.75gへと大幅に上方修正された。これは、1973年の基準の30%増しである。蛋白質支持派の栄養学者は、長いあいだ、1973年の基準は低すぎると主張してきた。なぜかというと、その数値は、十分に成長した、健康で、正常な成人にとっての最低必要量を考えており、成人でも、健康でも、正常でもない場合を考慮にいれていない、という。たとえば、伝染病の回復にある者にとっては、古い基準では不十分である。マサチューセッツ工科大学食物科学栄養学部のネヴィン・スクリムショウの説明によれば、感染症にかかるとアミノ酸の必要量が増加する。身体は必要にせまられて、筋肉そのほかの組織からひきだせるかぎりのアミノ酸を総動員しし、それらをグルコースにかえ、特別支出のエネルギーにつかわざるをえなくなる。しかし、それと同時に身体は免疫防御のため、抗体の生産量をあげる必要がある。「感染がもたらすさまざまな影響の最終結果は、次に感染して消耗の度合いがさらにひどくなるまえに、それに備えていそいで充電するために、通常の必要量以上の余分の蛋白質が必要になる、ということである」。若い人は、特に、通常の安全レベル以上の余裕分が必要だ。ハシカやジフテリアのような幼少時代の病気にかかったあとの子供は、普段の5倍の急激な成長を遂げることがある。十分な蛋白質を摂っていればの話だが。
妊娠中や授乳期間中の女性も、普通の成人必要量よりはるかに多くの蛋白質を摂ったほうがよい。(そういう女性達が、しばしば、以上どころか以下にしかとらないのはなぜか、という謎については、最後の章で取り上げる)また、腸や血液中に寄生虫のいる者、傷や火傷をおっている者も同じカテゴリーに入る。そういった危険な状況のどれかにいる者が、それまで蛋白質の大部分を植物性食物からとっているなら、植物性食物をそのうえさらにとっても、ほとんど益が無いだろう。かれらの食事の量はすでにあまりに多くなりすぎているはずだから、それ以上の蛋白質を穀類から、あるいは穀類と豆類を組み合わせてとるには休み無く食べ続け、口からでそうになってもまだ詰込まなければならない。しかし、獣肉、鶏肉、魚、乳製品は、そういった人たちが食べられそうもないほど量が多くなることもなく、余分の「追い上げ」用蛋白質を得るのを可能にしてくれる。ひどい外傷や感染症からの回復期にある者の場合は、特にそうだ。これが、「人はパンのみにて生きるにあらず」の理由の一つなのだ。小麦は必須アミノ酸を全て含んでいるが、それらのうち含有量が少ない種類のアミノ酸も必要量を十分に摂ろうとしたら、体重80sの者は、一日に1.5sもの小麦パンを腹に詰込まなければならない。しかし肉だったら、蛋白質摂取量が同じレベルになるのに、たった340gでよい。
しかし、蛋白質としての高品質性と濃縮製は、人類が動物性食物にかくも強くひきつけられることの、単なる栄養上の一理由にすぎず、一番重要な理由というわけではない。獣肉、魚肉、鶏肉、乳製品は、また、ビタミンA、全てのB,Eなどのビタミン供給源であり、それらを濃密に含有している。そして、唯一ビタミンB12源であり、これが不足すると悪性貧血や神経失調症、精神障害行動を招く。完全な菜食主義者がビタミンB12欠乏症にまったくかからないとしたら、それは、かれらが食べる植物性食物に昆虫の残骸がまじっているか、ある種のコバルト消化バクテリアが入っているからであり、他の理由は考えられない。インドからイギリスに移住したヒンドゥー教徒菜食主義者が悪性貧血羅患率の増加に悩むのはそのためであると説明できる。イギリスでは、殺虫剤を使用し、また果物や野菜をよく洗うので、ビタミンB12供給源が一掃されてしまうのだ。菜食主義者はまた、くる病、つまりビタミンD欠乏によっておきる骨格変形の病気にかかりやすい。ふつうは、皮膚に降り注ぐ日光の活動によって、ビタミンDを十分に得られる。しかし高緯度で冬が長く、霧がかかったり曇りの日が多いところでは、食事中のビタミンDが決定的な役割を果たしており、動物性食品、特に卵、魚、レバーは最善の供給源である。動物性食物は、また、一日に普通必要とされる量を十分にまかねるだけのビタミンCも含有している。エスキモーは、動物の肉と骨髄を豊富にとることによって、完全に肉だけの食事でありながら、壊血病その他のビタミンC欠乏症にほどんとかかることなく、極めて良好な健康状態を維持していた。(最近では、外部の人たちとの接触によって、甘いものや澱粉をとるようになった結果、エスキモーの健康と食事は悪くなっている)。
動物性食物は、また、必須ミネラルを豊富に含んでいる。血液の酸素運搬に必要な鉄分は、動物性食物(ミルクは除く)に非常にたくさんあり、また、ホウレンソウなどの葉物野菜より利用しやすい形で含まれている。ミルク及び乳製品は、骨の形成になくてはならないカルシウムを取るのに、もっとも良い食品である。(注1)更に、男性生殖能力に不可欠な亜鉛、そのほか胴、ヨウ素など、微量ながら必要な物質のほとんどを含有してる優れた食品である。
【参考書籍】
食と文化の謎
Good to eatの人類学
マーヴィン・ハリス著
板橋作美訳
岩波書店
ISBN4-00-002655-0
P37 1行目
実際、人間の生理学的特徴の一つは消化管が少量の繊維質しか処理できないとことである。多繊維質食物から必要なエネルギーを取り出すには、長くて大きい腸をもつか、牛や羊がもっているような特別のタンクを必要とする。繊維質植物を食べて生きて行くには、1日の大半を食べることに費やさなければならない。植物の葉や木質という多繊維質で栄養的に低濃度の食事に適応した動物の特徴を、大型類人猿の数種にみることができる。ゴリラは、絶え間なく食べ続け、ゆっくり消化し、巨大な結腸で発酵させて、セルロースを分解する。実験によると、ゴリラやチンパンジーが何かを食べてから、それが排泄物としてはじめて出てくるまでに、約35時間かかる。人類はゴリラやチンパンジーと同じく長い小腸をもっているが、結腸ははるかに小さい。人間の結腸は、栄養物の吸収もある程度はおこなうが、主な働きは体液の再吸収である。人間の消化管内通過時間はきわめて短い。被験者に小さなプラスチックの標識を食事と一緒に飲み込ませると、便と一緒に出てくるまでに、約25時間しか掛からない。この実験結果からわかることは、我々人間の消化器官は繊維質の食べ物に適応していないということ、むしろ人間は「量の割りに高栄養で消化の早い、高品質な食物」に適応しているらしい、ということである。動物性食物は、そのような条件にピッタリ当てはまる。
P42 6行目
食用脂肪源として動物性食物の人気が落ち目であることについては、また、歴史の流れのなかで考えて見なければならない。動物性食物は、かつては、食物繊維をほとんど含まないという理由で、むしろ好ましいものであったが、おなじよう、つい最近まで、脂肪を沢山含んでいるという理由で好ましくないものどころか、逆に望ましいものだった。ほとんど世界中でみられる肉に対する渇望の多くは、本当は、脂ののった肉に対する渇望である。脂肪分のない肉だと、肉に含まれるアミノ酸が、身体を作る蛋白質とならずエネルギーにかえられてしまうのを防ぐために、カロリーの豊富なもので補わなければならないからだ。同じカロリーでは、蛋白質を節約するのに、炭水化物は、脂肪より13%効果的だが、しかし脂肪は(糖や澱粉などの)炭水化物に比べて、脂肪だと炭水化物よりはるかに少ない量ですむことを意味している。言葉を変えれば、脂身の肉は、マオニクとかバナナを肉と交互に食べる必要をなくすのである。
穀物、魚粉や成長ホルモン、抗生物質をつかった工業的な牛、豚、鳥の生産方法が発達するまで、大部分の肉は脂肪分があまりに少なくて、蛋白質節約効果をあげられないことが問題だったのだ。現在の多脂肪家畜の身体は、30%以上の脂肪を含んでいる。これに対してアフリカの野生草食動物15種を調べたら、その身体に含まれる脂肪分は3.9%に過ぎなかった。このことは、蛋白質供給を狩猟に頼っている人々のあいだでしばしば観察される、まったく不合理で気まぐれとしか思えないようなある行為に、説明をあたえてくれる。それは、あらゆる食物がほとんどそこをつく飢餓期の最盛期になると、狩猟採集民は、しばしば、しとめた獲物の肉の特定部分を、ときには全部を、食べないで捨ててしまうという行動である。例えばオーストラリアのピチャンジャラ族は、しとめたカンガルーに近づくと、肉に脂肪がどれだけついているか尻尾で調べ、その様子がかんばしくない場合は、そのまま捨てていく。また、考古学者たちの頭を長い間悩ましてきた問題がある。それは、アメリカの大平原地帯の古代の野牛狩りの跡についてである。殺した野牛の数箇所だけが持ち去られており、おそらくその部分は食べられたと思われるが、そのほかの部分は、食べられもせずに、たおした場所にそのまま置き去りになっているのだ。この一見不合理で気まぐれと思える行為に対する説明は、狩人たちが脂気のない肉ばかり食べていると餓死する危険があるから、ということだ。長年エスキモーと暮らし、生肉だけを食べて健康を保つすべを学んだヴィルジャルムル・ステファンソンは、そういう食事は肉に脂肪が多い場合にのみ成立する、と警告している。かれは、エスキモーやインディアン、またアメリカ西部海岸地帯の初期探検者たちの多くが、脂気のないウサギの肉を食べすぎたためにかかったと考えられていた症状、つまりかれらが「ウサギ飢餓」と呼んだ現象の生々しい描写を残している。
後編へ続く。
【参考書籍】
食と文化の謎
Good to eatの人類学
マーヴィン・ハリス著
板橋作美訳
岩波書店
ISBN4-00-002655-0
P45 15行目
ガンや心臓病は動物の肉を食べすぎるためだと、やみくもに責める前に、植物の栽培と動物の家畜化に先立つ何十万年ものあいだ、われわれの先祖の狩猟採集生活者たちはどうしていたかを、少し考えてみたほうがよい。考古学資料、古生物学資料、そして現在の狩猟採集民の研究をまとめると、旧石器時代の人々が食べていた動物の肉の量を算定できる。アトランタのエモリー大学のS・ボイド・イートンとメルヴィン・コナーは、ニューイングランド医学雑誌に掲載した論文で、温暖な気候下の農耕開始以前の人々は、控えめに見積もっても、常にカロリーの35%は獣肉から摂っていた、と言っている。つまり、人類の歴史の部分、われわれの身体は、1日に約788gの赤身の肉を消費するように適応していた、ということだ。この量は、現在のアメリカ人が消費する牛肉、豚肉、羊や山羊肉の総量の、一人当たり平均消費量の約4倍である。われわれの先祖達は、また、おそらく2倍のコレステロールを摂っていたと考えられる。ただし脂肪は1/3少ない。これが、「人類に
本来、遺伝的にプログラムされた」食事パターンなのだ。ついでに言えば、穀類は、旧石器時代の食生活において、カロリーの面でも、蛋白質についても、ごくわずかの貢献しかなしえていなかったと思われる。穀類が主食となったのは、ほんの1万年前、農耕という生産方式を取り入れてからのことである。麦や米中心の食事は、肉中心の食事より、人間の本性にとって「自然」なのである、と主張する人は、文化にせよ自然にせよ、何もわかってない。いうまでもないことだが、その場合頭にあるのが化学的添加物や防腐剤や高度不飽和脂肪酸であるなら、今われわれが肉として食べているものは、われわれの先祖が食べていたものとはまったく違う。(しかしそれなら、同様に先祖達は、われわれが今食べている、化学肥料で育った穀物も食べていなかったのだ)。
また、ガンや心臓病を動物性食物が多いせいだと決めつける前に、それの疾病は長期間の退行過程の結果であるという事実にも、もっと目を向ける必要があるだろう。アメリカや他の豊かな社会で心臓病とガンが死因の第一位と第二位になった根本的な理由は、人々が長生きするようになったことなのだ。これは、なにも、心臓病やガンは老化によっておきるとか、ある意味で避けがたいものである、と言おうとしているのではない。あらゆる危険因子、食事に関わるものも、そうでないものも、実際にあらわれるまでに長い時間が掛かると言っているのだ。一般論として、それらの病気が身体の防御を突破するのには、人間はそれまで長く生きていなければならない。そういうことが起きるには十分なほどわれわれが長生きできるようになったのは、一体何のおかげだろうか。心臓病やガンという代価を減らすことに急なあまり、動物性食物消費量の増加と穀物消費量の減少が寿命の伸長と密接な関係があることをつい忘れてしまう人もいるようだ。1909年から1976年の間に、アメリカ人の平均寿命は、40%伸びた。同期間中に、赤身の肉、魚、鶏肉の一人当たり消費量は、35%増えた(乳製品の消費量は52%減少した)。このような現象は、ひとりアメリカのみにおきたのではない。平均寿命の高い国では、どこでも、おなじような食変化があったのだ。
経過に相関関係があるからといって、それだけでは因果関係の証拠とはならないが、しかし、動物性食物が必須蛋白質、ミネラル、ビタミンを含んでいることがわかっている以上、平均寿命がのびた理由をほかの要因だけにもとめるのは、可笑しいのではなかろうか。動物性食物を沢山摂ると、確かに、それらに含まれる脂肪やコレステロールが原因と考えられる害を受けるが、他方では恩恵もうけているのだから、われわれがなすべきことは簡単だ。つまり、そういう有害な物質を取り除き、動物性食品の栄養価値を更に高めればよいのだ。そして、言うまでもなく、1980年以降のアメリカにおける低脂肪肉や魚や鶏肉の消費量の急激な増加が如実に物語っているように、それは現在、実際に起きていることなのだ。
栄養過多より栄養不足のほうが切実な問題であるような第三世界の国々では、栄養の点から見て、獣肉、魚、鶏肉、乳製品は、たとえ脂肪とコレステロールのレベルを下げなくても、あきらかに植物食物にまさる栄養上の利点を、今もなおもっている。世界中でみられる、獣肉、魚、鶏肉、ミルクをもっと沢山欲しいという渇望は、だから、肉類以外の食物の栄養分構成と人類の生態との相互関係を考えたうえでの、まったく理性的、合理的な選択を表しているのである。健康の為に肉を控えることは(動物性の脂肪とコレステロールをあまり摂らないようにするのとは違って)、いかなる国でも、それほど関心をもたれないだろう。最初のポーランドの話に戻ると、現状をそのまま受け入れようとしない国民を非難することは、だれにもできない。もちろん、もしかしたら、だれかがポーランド人に、もっと脂の少ない肉、もっと沢山の魚や鶏肉を食べ、卵を減らし、脱脂乳を増やし、バターやラードを控えたほうが良いというべきなのかもしれない。しかし、家に帰ってもっと沢山のパンや豆を食べなさい、と人々に説教して、ポーランドの肉飢餓を静めようとする社会主義の救世主をきどる者がいたら、その者に災いあれ、だ。
【参考書籍】
食と文化の謎
Good to eatの人類学
マーヴィン・ハリス著
板橋作美訳
岩波書店
ISBN4-00-002655-0
P150 13行目
1921年、カンザスシティーにホワイトキャッスルはファーストフードのレストランではなかったし、またその期も熟していなかった。地元のひとが立ち寄る町なかの安い簡易食堂だった。ハンバーガーは、お客がカウンターにすわってゆっくりとコーヒーを飲んでいる間に作られたので、次々に注文を受けるわけにはいかなかった。はじめての本格的ファーストフードチェーンは、自動車時代の副産物だった。それは、食卓でよりも、車輪の上にのった、クロムとガラスでできた、大きな尾翼つきの居間で食事をしたがるマイカー族の要求をみたした。1955年にレイクロックがはじめたマクドナルドでは、1966年まで、すわって食べるお客のための腰掛けとテーブルを入れていなかった。当初から、成功の決めてとなってきたのは、自動車用の持ち帰り窓口、広い駐車場、注文と食事の場所の分離、少ないメニュー、規格化された分量、そして清潔な「家庭的雰囲気」だった。現在では、営業権の持ち主が支店の合判を所有し経営している。名前と全国的な宣伝の恩恵に浴する代わりに、かれらは、材料と設備と備品の多くを親会社から買い、料理とサービスと管理を律する一定の基準にしたがわなければならない。マクドナルドでは、ハンバーガーそのものは中央配送所から冷凍状態で届く。従業員はそれを焼き、つけあわせやスライスチーズと一緒に丸パンに挟んで発泡スチロールの容器に入れるわけだが、どのお客様の注文にも待たせることなく応じるために、常に一定量のストックが手元にあるようなペースでつくる。バーガーキングでは、原則として、ハンバーガーは、できてから10分以内にお客に出すことになっている。
1980年代はじめ、アメリカ人は一人当たり50ポンドの牛ひき肉を、ほとんどはハンバーガーとして食べていた。一秒ごとに、ファーストフードレストランだけで、200人のお客に1,2個のハンバーガーを挟んだ丸パン1個を売っていたことになり、それは一年に換算すれば、67億個、100億ドルの額にのぼる。マクドナルドだけで、1日1400万人が食事をする。
P153 1行目
牛肉消費とファーストフード産業は、豚肉を発射台に置き去りにして、一緒に飛び立ってしまった。1980年代にはいって、ようやく豚肉も、ファーストフードレストランのメニューに顔を見せるようになったが、それも朝食の特別メニューに限られていた。(マクドナルドでは、バーベーキューソースがじゅくじゅくにしみでたポークサンドイッチをマックリブとして3500店のレストンで試してみたが、食べにくくて味もよくないという客の不満で、すぐに引っ込めてしまった)。
豚肉をファーストフードレストランのブームに組み込むための手っ取り早い解決策は、豚肉と牛肉を混ぜたハンバーガーを売ることだった。現に、フランクフルトソーセージは牛豚合挽き肉の製品で、しかも長らく豚肉三魚を支えている屋台骨の一つだ。しかし、どのファーストフード会社も、今のところ、そのような商品を売り出そうとはしていない。合衆国で売られているハンバーガーは全て、フランクフルトとは違って、牛肉だけで出来ていて、他のものはいっさい混ぜていない。たいていのアメリカ人は知らないが、その訳は簡単だ。つまり、法律上、100%ビーフ以外のハンバーガーは存在しないのだ。合衆国農務省令は、牛肉以外の肉と脂身を含まないひき肉パテをハンバーガーと定めている。もしごくわずかでも豚肉かその脂身かその脂身がはいっていれば、それはパテ、バーガー、ソーセージとは呼べても、ハンバーガーとは呼べない。言い換えれば、政府の定めるところによって、牛肉産業はアメリカでもっとも人気の高いコンビニエンスフードの特許権ないしは登録商標をもっているというわけだ。現行法規(連邦法1946年、319・15のB)には次のようにある。
ハンバーガーとは、生と冷凍、あるいはそのいずれかの細切れ牛肉に、時によって牛の脂身、そして調味料を加えたものとする。それには、30%以上の脂身、水、リン酸塩、つなぎ、増量剤をくわえてはならない。牛のほお肉(牛のそぎ落としほお肉)は、本条の(a)項で定めた条件に従って、ハンバーガーの調理に使うことが出来る。
豚のひき肉は食べても差し支えない。牛のひき肉もしかり。しかし、両方を混ぜて、それをハンバーガーと呼んではいけない。それでは、まるでレビ記の再現のように、うさんくさい話だ。しかし、本来の豚肉タブーもそうだが、ある面では無意味に見えるものが、別の見方をすると、きわめて実際的な意味を持っているものだ。この規定の核心は、牛ひき肉の脂肪含有率はひくまえの肉そのままであるのに対し、ハンバーガーは、100%牛肉製品でなければならないといいながら、30%まで脂肪を加えることができるということだ。言い換えれば、全く異なる個体の肉と脂肪を混ぜてハンバーガーが作れるわけだ。次に牛ひき肉について定めた法規をあげ、関係箇所に傍点をほどこした。
「牛細切れ肉」あるいは「牛ひき肉」は、生と冷凍、あるいはそのいずれかを牛肉を細切れにしたもので、調味料を加えてよいが、牛の脂肪を添加してはならない。また脂肪は30%を越えてはならないし、水、リン酸塩、つなぎ、増量剤を加えてはならない。
この難解な定義と不可解な禁止が意味するところは、つまり、どちらも片方だけでは売り物にならない二つの成分、ある種の牛肉とある種の牛の脂身を混ぜ合わせたものが、ハンバーガーであると、連邦政府がお墨付きをあたえたということだ。いつの時代も、一番安い牛肉は、仕上げ飼育の出来ていないやせた放牧去勢牛だ。しかし、この肉を挽いてそれだけでハンバーガーを作ろうとしても、料理の途中で崩れてしまう。放牧牛でハンバーガーをつくろうとすれば、万国共通のつなぎ剤である脂肪が必要なのだ。その場合、動物性であれ植物性であれ、どんな脂肪でもその役目は果たすだろうが、パテやソーセージではなく、ハンバーガーを作ろうというのだから、それは牛からとった脂肪でなければならない。ここで話は、飼育用地と、そこで4,5ヶ月も1日24時間トウモロコシ、大豆、魚粉、ビタミン剤、ホルモン剤、抗生物質をとり続ける牛にうつる。こういう牛は太ってたいこ腹をしていて、屠殺のあとでそれをそぎ落とさなくてはならない。つまるところ、飼育牛の脂肪とやせた放牧牛が産業用ひき肉機の中で合体し、やがて国民的な食糧であるハンバーガー用肉に返信して姿を現すのだ。もしハンバーガーを、豚肉と牛の脂身、または牛肉と豚の脂身でつくったなら、あるいは、肉と脂肪を別々の牛からとることが禁止されたら、牛肉産業全体が一夜にして崩壊してしまうだろう。ファーストフード企業は、安いハンバーガーをつくるのに飼育牛のむだな脂肪が必要だし、飼育牛業界は、飼育牛のコストを下げるためにハンバーガーが必要なのだ。その関係は象徴的で、あなたがステーキを食べれば、他の誰かがハンバーガーを食べられるようになるし、その逆に、あなたがマクドナルドでハンバーガーを食べると、他の誰かがリッツで食べるステーキに助成金を出していることになるのだ。
結局のところ、牛肉は100%ビーフのファーストフードハンバーガーの直接、間接の影響によって、つい最近になって、豚肉より優位になったということなのだ。仕上げの出来ていない放牧牛の肉と飼育牛の余分な脂身を結びつけることによって、ファーストフードチェーンは穀物を肉に変える変換器として豚肉が生得的にもっている優越性を打ち破ったのである。だから、アメリカ農務省が豚肉のハンバーガーを分類上の変則物として禁止したことは、レビ記のタブーと比喩的類似以上の意味をもっている。豚、申し分ない穀物動物。牛、申し分ない草食動物との長年の争いを仲裁するために、アメリカ農務省はいにしえの先例に従ったのだ。ハンバーガーを牛肉のみにすることによって、肉の選択に精神という邪魔者を介在させ、牛肉を豚肉おり神聖であるとしたのだ。
【参考書籍】
食と文化の謎
Good to eatの人類学
マーヴィン・ハリス著
板橋作美訳
岩波書店
ISBN4-00-002655-0
糖尿病についての食事療法は古代エジプトの壁画に残されている頃から議論の的とされてきました。
糖が抜けでるなら糖を体内に入れなければ良いとする
「低炭水化物食派」
糖が抜け出るなら糖を補わなければならないとする
「高炭水化物食派」
とても古い時代から取り上げられてきた歴史があります。
そして今回紹介したいのがウィリアム・バンディングというイギリス人です。彼が肥満を解消する食事療法として低炭水化物食を支持した初めての方なのです。
彼は19世紀の社会で尊敬された名のある方々を専門とした葬儀屋として働いていました。バンディング家に肥満の傾向がないにも関わらず30代を過ぎ体重が増加し始めた。そこで個人的に交流もあった著名な医師に相談したところ、もっと負荷の高い作業を行い運動量を増やすことを薦められます。彼は重いボートを持っていたので、毎日2時間ボートを漕ぐことにしましたが、結果は激しい食欲に見舞われたということだけでした。更に体重増を招くきっかけになり中止することになりました。
次に食事療法を取り入れることにしました。医者の言う「中くらいの軽い食事」指導のもと実践してゆくことになります。この結果体調は益々悪化したのにも関わらず体重さえも減らず、不快な吹き出物ができることとなり中止。
その後、バンディングはありとあらゆる肥満治療に手を出すことになります。彼の人生の中で20年間に20回もの回数入院しています。いずれも減量が目的でした。水泳にウォーキング。海辺での新鮮な空気。そして大量の薬を使った液体のカリウム療法、低カロリーダイエット。これだけの治療を試して減量できたのはたった2.7kg。日増しに体力は落ちてゆきました。
医療専門家が考えらえる全ての減量法を試したがどれもだめでした。嫌気がさし、ついに諦めました。1862年64歳になっていたバンディングは身長167cmの体重91.5kgになっていました。現在で考える巨漢ではなかったものの、増加した体重で膝や足首の関節を痛めないように階段はゆっくりと後ろ向きに下りるなど生活において制限が生まれることになりました。更に視力が落ち、耳も聞こえづらいことに気づきました。耳の障害の為に専門家に掛かったが、医者は大したことはないと判断し、耳を掃除して、外耳を水抜きして治療を終えることになります。当然なにも効果があるわけではありません。
最終的に1862年8月英国外科医師会の著名な研究員であるウィリアム・ハーベイ医師に診察してもらうことになる。これは彼にとって歴史的な出会いでした。ハーベーイ医師は、パリの学会で糖尿病と腎臓の関与という新しい理論を著名な生理学者クロード・バーナード博士から聞いていたばかりだった。バーナードは、腎臓は胆汁を分泌すると同時に腎臓を通る血液からできた糖のような物質を分泌していると信じていた。ハーベーイは糖尿病にたいする色々な食べ物の成分の働きについて考え始め、脂肪、糖、澱粉の身体への影響についての本格的な研究をはじめた。
ハーベイ博士がバンディングに面会した際に耳の聞こえが悪いことと同じくらい肥満に関心を持ち、ハーベイはバンディングに食事療法をさせた。クリスマスの頃にはバンディングの体重は70kgまで減量に成功したのです。
その頃のバンディングは「あの頃は身体が辛くてぐっすり眠ることすらできなかった」と言う。
ハーベイの勧めた食事療法は「パン・バター・ミルク・砂糖・ビール・ポテトを食べることを止めなさい」というシンプルなものだった。脂肪になる可能性のある澱粉や甘味を含んだ食物を一切摂ってはならないということだった。指導を受けたバンディングは当惑した。これでは食べるものがほとんど思い当たらないということだった。しかし親切な友人が実際には沢山食べられるものがあることを教えてくれることになる。食事療法開始数日後にその効果が絶大であることを知った。まずこの食事療法にしてから毎日6〜8時間睡眠がとれて快眠することが出来るようになったことでした。
書物の中でバンディングは1862年8月〜1863年8月まで毎週0.5kgずつ体重が減ったという。彼の言葉をかりれば「食事量は自然な食欲に任せてよい。肥満を克服するには食事の質だけが重要だと確信している」という。
38週間後には20年感じたことがないほど快適だった。その年の終わりには、耳が聞こえるようになったばかりか、活力が旺盛になり12.2インチ小さくなった。彼はこの食事療法には全く不便を感じずに、階段の上り下りも正面から自然にこなせるようになり、自身の仕事への支障も改善されたとある。視力も回復したし他にあった体の不具合も良くなり過去のものになった。
感激したバンディングは自費で本を出版することにしました。「肥満の書 Letter on Corpulence」初版
バンディングの喜びは大変なもので、ハーベイの診察料の他に350ポンド寄付した。それでも彼は感謝してもしきれないと感じていた。1868年にバンディングは人類に奉仕する為の新しい施設をミドルセックス郡回復期病院(Middlesex County Convalescent Hospital)を作るために趣意書を公表し基金を設立することになる。
この施設は経済的に苦しくて病院での苦しい試練から回復するまもなく仕事にもどらなければならない労働者階級の人々の為に設立した。
ウォルトン・オン・テムズに小さいけれども目的を果たせるホームを見つける。運営するのに312000ポンド/年必要だろうと見積もった。彼は3500ポンド寄付し、息子が3100ポンド、他に2人の家族が350ポンド寄付した。他の後援者の寄付を合わせると35000ポンド集まった。
バンディングは、最初の2版分についてはお金を請求しなかった。利益の為にやっていると思われたくなかったからだ。初版は1000部作って全部人にあげた。第2版は1500部で、これも一部6ペンス掛かったが無料であげることにする。第3版は同じ1863年で一部1ポンドで販売した。
ダイエットとその驚くべき結果を記したバンディングの小冊子が発行されたとき、内容があまりにも当時の学説と違うので医療機関関係者の中から激しい反論が巻き起こることとなり、バンディングダイエットは激しい批判の的となりました。しかしこのダイエットが有効であったことは誰も否定できなかったが、医療関係の人たちは自分達の社会的立場を守る必要を感じ、素人が発行したことに対して攻撃する必要を感じた。バンディングの論文は非科学的であるというそれだけの理由で批判されたのです。
ハーベイ博士にも困難がやってきました。彼には肥満に効果的な治療法があったが、それを説明する確信的理論がなかった。医療人であったこともあり、同業の者達による反撃を受けやすかった。とうとう彼は自分の診察ができなくなるまで批判中傷を受けることになります。
しかし明らかに効果があるこのバンディングダイエットを医療関係者達は無視することができなかった。どうにかして説明しなければならない状況に落ちいった。
そこでシュトゥットガルトのフェリックス・ニーメイヤ博士の助言もあり、考え方を完全に変えることによってこの新しいダイエットをなんとか受け入れやすくすることができるようになったのです。当時の理論では炭水化物と脂肪が肺で一緒に燃やされ熱を発生することになっていた。この2つは「呼吸の食べ物」と呼ばれていた。バンディングの論文を吟味してみて、ニーメイヤ博士は医者の抱えている問題の答えが判ったのです。医者には蛋白質が肥満と関係ないことはわかっていた。呼吸の食べ物である炭水化物と脂肪だけが肥満と関係ある。それで、肉が脂肪のない赤みだけのものだけと解釈することによって上手く説明することが可能になりました。このわずかな変更で問題が解決したのです。バンディングダイエットはいつからか炭水化物と脂肪を制限した高蛋白質ダイエットになった。この変更されたダイエット法は今でも痩せるダイエットの基本となっている。
ただ、バンディングの食生活での記述は極めて明瞭で、バターとポークの禁止以外※1。どこを見ても肉から脂肪を摂るなとは書き記されていない。調理の方法や食べる量には全く制限がなかったし、ただ砂糖と澱粉の炭水化物だけが制限されていた。
1878年に81歳で亡くなるまで快適に体重を正常値を保ち続けた。そしてバンディングはニーメイヤ博士の都合の良い解釈で説明した高蛋白質食事療法はバンディングの人生をこれほど変えたバンディングダイエット法とは似ても似つかないと言い続けていた。
バンディングの肥満に関する手紙(Letter on Corpulence)は広く読まれることとなります。1980年代一人のアメリカ人医師であるヘレン・デンスモアがバンディングの食事療法をモデルにし、彼女自身と自身の患者に対し「パン・シリアル・澱粉質を除く」食事療法で最初の1ヶ月で4.5〜6.8kgの減量。その後に毎月2.7kg〜3.6kg減量していると話している。減量した人々に対して彼女のアドバイスは「牛肉かマトンか魚を500g/日と澱粉質のない野菜を適量摂れば、あまり動かない日常を送る肥満な人には効果的だということがわかった。
デンスモア医師はバンディングダイエットを嘲笑う同僚の医師に容赦しなかった。「肥満を解消することで現在の仕事をしているのにも関わらず、バンディング氏のおかげで自分反映を築いている専門家がバンディングを非難している」と彼女は言う。
後に70年間に数カ国で多くの疫学的研究や臨床試験がおこなわれて証拠が積み重ねられてきた。1950年代中期までに低炭水化物ダイエットが効果があることに疑いの余地がなくなり、ロンドンのミドルセックス病院では臨床試験で、その効果を実証している。医師は肥満で困っている患者に有益である証拠が沢山集まってきているにも関わらず食事慮法を施さなかった。それは食事療法家は高カロリーダイエットなのに体重を減らすことが出来るという概念がどうしても納得できなかったのである。さもなければ自分達が間違っていたことを認めると面目丸つぶれになることを恐れていたのかもしれない。体重オーバーの人たちに対しては自分の責任で食べ過ぎているか、運動不足かの両方によるものであるという助言をし続けた。1970年代の後半には脂肪に心臓病の原因であるという汚名までがついた※2。
現在、脂肪は肥満や生活習慣病など他の健康的理由で禁止され、炭水化物が以前よりも強く推奨されることになった。これが人類史になかったほどカロリーを減らし脂肪を減らし、運動までもしているのに皆肥満で困っているのだ。肥満が増加するのと、精製炭水化物で低脂肪ダイエットを健康な食べ方として薦めているのは偶然の一致ではありません。
※1 当時バターとポークが控えられた理由は澱粉を含んでいると考えられたからだった。
※2 現在では不正確である。
【参考・引用】
William Banting Father of the Low-Carbohydrate Diet
序論より抜粋
最初の第一巻第一部では、古代の人類から現代の狩猟・採集民族が消費した食物の種類と量について、生物人類学の立場から考察されている。
種の異なるヒト属は、何百万年にわたって存在したが、農業と牧畜を発見したのは今から1万年程度前のことであり、ヒトが地球上に現れた期間のわずか1%程度である。そこではるか昔の祖先たちが、単なる腐肉の採集者から優れた狩人になり、単純な植物採集者から作物を育てる人間に代わる革命的な旅の中で、物を食べることが現代の人類を形成したといえる。狩猟・採集時代の食事のとりかたと、それを体が栄養として利用する手段はさまざまである。動物や植物の遺存体、ヒトの糞石の考古学的研究により食事の形態が明らかになるとともに、人体の遺物である骨、歯、軟組織の分析から栄養学的問題が明らかになりつつある。さらに、現存する狩猟・採集民族の食事や栄養の研究からも、考古学的発見の解釈が可能となった。現代の知識では旧石器時人の食事や栄養はその後の定住時代に比べてもより良好な状態にあったとおもわれる。ある専門家は、狩猟・採集民族はつぎに続く時代より、19〜20世紀初頭により近い状態にあったと考えられている。
第二巻では、食物採集より植物栽培や動物飼育に話題が変わる。食物が、狩や採集から生産に移行するのは斬新的であった。すなわちその初期の時代は、多くの大型狩猟用動物が姿を消したときに一致する、食料不足が農業の誕生の引き金になったであろう。しかし、定着性の農業は栄養の劣化と、いわゆる主要作物(稲、トウモロコシ、タロイモ、小麦)など、多くの人の命を低価格で支える作物の増産をもたらした。また、これたの食物を偏重するあまり、ビタミン、ミネラル、タンパク質など人の健康に必要な全てを満たすことが出来なくなった。
第1部 人類の祖先の食に関する考察(Determining What Our Ancestors Ate)
約1万年以前、農業が開始され、人類は長い時間をかけて、採集民族から農耕生活へいこうしていった。世界各地で、それぞれ異なる時期に進行した、この変革は新石器革命といわれ、人類の進歩に最大の寄与をしたできごととされている。しかし、このような進歩が必ずしも人々の健康の増進をもたらしたわけではない。
それどころか以下の章で述べるように、狩猟採集民とその後裔である農耕民を比較してみると、狩猟採集民のほうが、栄養状態が良好で、疾病に悩まされることが少なかったのである。狩猟採集民は、人口100人以下のバンドという小集団を単位とした移動生活を行っていたので、伝染病の感染源となる病気の子供を扶養する余裕はなかった。通常、狩猟採集民は一ヶ所に長期定住することがないので、水源を汚染することが無く、昆虫、ネズミの類など病気を媒介する生物を引き寄せる生活廃棄物が蓄積することもなかったし、人類と病因を共有し汚染源ともなる家畜(旧石器時代後期に飼養がはじまっていた犬を除外して)も存在しなかったのである。
要するに、狩猟採集民において摂取した栄養を消耗させる原因となる病原が少なく、疾病に悩まされることもあまりなかったと考えられるのである。それどころか、狩猟採集民の食生活においては、飢饉に耐えねばならない時期があったとしても、食料の豊富な時期においては、健康を維持するのに必要な様々な栄養素を含有する多種類の食物を摂取することができたのである。
この健康的な世界は、定住生活の開始によって一変した。食料を求めて移動する狩猟採集民の生活では子供の数は少なかったが、定住生活をするようになると、農業や防衛のために人手を必要とするので、節度なく子供を産み、人口が増大したのである。ごみごみした村落は、さらに混雑した町に発展し、そこで人間が家畜と隣接して暮らすようになったのである。すると、昆虫の群れが発生し、疾病が増加することになったのである。
このような変化に伴い、病原体の問題が生じただけではなく、人々が摂取する栄養の質が低下したのである。狩猟採集民の食事が多種の食物に依存していたのに比べ、農耕民の食事は単調で、コムギ、雑穀、米、トウモロコシなどの単一の作物に集中し、質の良いタンパク質が欠如していた。
Page-5
更に重要なのは、すでに人類学者が認識しつつあるように、狩猟採集から農耕への移行は一般的に質の高い食料から質の低い食料へ移行することによって特徴づけられる点にある。たとえば、動物性タンパク質は、ビタミンB12が摂取される主要な食料原であり、ビタミンAやDが高く、重要なミネラルも含まれている。さらに、動物性脂肪からは基本的な脂肪酸や脂溶性ビタミンなどの重要な物質が摂取される(Speth 1990)。そのため、植物性食料と比較すると、肉は非常に栄養素が高い食料源なのである。しかし、植物性の食料のみでは一般的に人間の生命を支えることができない。それはおもに必須アミノ酸の欠如に起因する(Ross 1976)。さらに植物性の食糧が重要となっている状況では、基本的な栄養学的要求を満たすためには幅広い種類の食物を消費しなければならなくなる。更に多くの植物の栄養価はその高い食物繊維の割合、とくにセルロースは人間によって消化されることはないのである。
【参考書籍】
ケンブリッジ世界の食物史大百科1
石毛直道 監訳
朝倉書店
ISBN 4-254-43531-2
第3巻第U部では、主要な栄養素の発見とその意義。意要素が不十分で起きる欠乏症。現代の食事とおもな慢性病の関係。食事により体調不良などを述べる。逆説的だが、これらの常に危険の伴う栄養素欠乏症は、定住性の農業が発達した結果として起こったようである。
このような栽培種や動物飼料の多様化は新石器時代の変革からはじまり、定住性農業は少なくとも現代に至る人類の進歩の段階としてもっとも重要なステップと考えら得れてきた。しかし第1巻第T部でみたように、生物人類学の発見では、歴史を目的論的に考えることはそのような観点にとらわれすぎ、進歩そのものに報いがあることがわかる。事実、新聞を一見するだけでも、多くの人が技術の進歩による健康不安を感じ始めていることがわかる。
既にのべたように、農業と定住主義は旧世界におけるコムギや新世界におけるトウモロコシのように主要作物を単品化し、狩猟・採集時代と異なって人口増大を促したが、その結果、栄養不良状態での無理な人口増となった。
さらなる進歩が必然的に栄養状態に困難さをもたらした。航海術と造船技術の進歩により、イベリア半島の人々は太洋をわたって大陸を発見したが、ほとんどビタミンCを欠く食事を強いられ、壊血病は船乗りのもっとも恐るべき災難となった。トウモロコシは、アメリカとともにヨーロッパやアフリカにもルーツがあるが、アメリカ南部の新しい消費者はアメリカ先住民の長い経験を学ばず、食事にライムを添えなかった。未経験で栄養の補助もwからなかったため、トウモロコシ食はナイアシン欠乏となりペラグラによる四つの(皮膚炎・下痢・痴呆・死)をもたらす。19世紀後期の機械精米の進歩は、米食文化圏の人々にチアミン欠乏症と脚気の蔓延を引き起こしたが、それは精米機がチアミンを含む米の外皮まで効率よく削ってしまったためである。
第1部 人類の祖先の食に関する考察(Dtermining What Our Ancestors Ate) Page-5
【米】
米は南アジアでは主食であり、最終的に、東は日本や韓国、南はインドネシアへと広がっており、全体的に見てインドの一部から当方へと伝播している。これによって数多くの複雑な文化的、文明的基盤が形成された(Bray 1989)。しかし、焼いたり粉に挽いてみたりしても、米にはタンパク質が決定的に欠乏している。さらに、米にはタンパク質が少ないことからビタミンAの活動が抑えられ、ビタミンがほかの食料源から利用できるときでさえも、その活動は抑制されてしまうのである(Wolf 1980)。ビタミンAの欠乏は眼球の乾燥症を引き起こす。この症状は失明のおもな原因の一つである。白米という形態はたいていの人々によって好まれている調理の形態であるが、それは加工したものであり、外皮の糟を取り除いたものである。そのため結果的にチアミン(ビタミンB1)が取り除かれたものとなっている。このチアミンが欠乏すると、脚気が引き起こされ、神経や心臓あるいはその両方の炎症を含む病気をも引き起こしてしまうこととなる。
【小麦】
コムギは、完新世の非常に早い時期に中東で栽培化され、その後とても広い範囲で利用されてきた。小麦は2つの必須アミノ酸、リジンとイソロイシンを欠いている。しかしながら小麦に依存しているほとんどの人々が、欠如したアミノ酸を補うチーズなどの乳製品をつくるため家畜を飼っている。しかし、小麦を栽培する中東や北アフリカのいくつかの地域では、土壌に亜鉛が欠乏しており子供の発育の遅れに関係している(Harrison rt al. 1988)。さらに、小麦のふすまにあるフィチン酸は亜鉛と科学的に結びつくため、亜鉛の吸収ができなくなっている(Mottram 1979)。
【トウモロコシ】
トウモロコシは、中央アメリカで最初に栽培化された、他のスーパーフードと同じように、トウモロコシも文明や複雑な社会の勃興のための経済的基盤となった。そして引き続き行われた栽培化により大幅に生産性が上がることとなった(Galonat 1985)。北米東部ではトウモロコシは、首長制社会の多様な発展に対して中心的役割を担っていたことがわかっている(Smith 1989)。そして、先コロンブス期のアメリカ人におけるその重要性はGalinatによっても強調されている。
トウモロコシも他のスーパーフードと同じように、いくつかの栄養素が欠如している。ゼインと呼ばれるトウモロコシからとれるタンパク質には、リジンやイソロイシン、トリプトファンが欠けている(FAO 1970)。また、もしトウモロコシの消費者がほかの食事でこれたのアミノ酸を補給しなかったとしたら、重要な成長の遅れが出てくる。さらにトウモロコシは、ニコチン酸(ビタミンB3)は欠乏しないものの、それが処理されない状態ではニコチン酸を含んでいる。つまりトウモロコシを食べた人が、ビタミンを吸収できないような科学的に結合された状態でニコチン酸が含まれているのである。結果的に、そのままではニコチン酸がしょりされていないトウモロコシを消費することとなり、しばしばペラグラ(ニコチン酸欠乏症)になる(Roe 1973)。この病気は皮膚の荒れや炎症、精神的な面における病的症状、下痢などを含むいくつかの症候によって特徴づけられる(Roe 1973)。
【参考書籍】
ケンブリッジ世界の食物史大百科1
石毛直道 監訳
朝倉書店
ISBN 4-254-43531-2